四ヶ所目
庭文庫(岐阜・恵那市)
2023/7/28~8/7
庭文庫は、一言ではとてもいい表せない不思議な、けれど自分にとっては他ならぬ場所のひとつです。築100年以上前の古民家に、今昔さまざまな本が部屋のあちこちに置かれ、積まれている。いつも素敵なレコードがかかっている。宿として泊まることもできる。
そしてここには、いい意味で店主然とせずに居(お)る、百瀬雄太さんと百瀬実希さんの存在があります。
庭文庫を初めて訪れたのは2019年、いまから約4年前のこと。
おふたりと出会った回数は指で数えられる位なのに、まるで昔から遊んでいた幼馴染であるかのような感覚が、どこかにずっとあります。
ももせさんとは2017年にWEBマガジン「アパートメント」の連載をとおしてゆるやかに繋がり、そのさらに前には吉祥寺でほとんど同時期に同じ喫茶に通っていたらしく、なんだか似たような星のもとにある気がしています。
ももせさんの音楽は、木と、鳥と、虫と、猫と、机と、畳と、そして空と、とけあっている。綴る言葉は、ももせさんがうたううたそのもののように生えてゆく。時折描かれる絵は、植物がその感官を内から外へ翻したかのように、むきだしになっている。
凄いひとだ、と思います。
そんなももせさんと共に庭文庫をつくったみきさんもまた、凄いひとだと思います。ももせさんだけでなくみきさんがいるからこそ、庭文庫は庭文庫になるのだと思う。自分はみきさんの描く文章が好きで、時折ついnoteを読みたくなってこっそり読んでしまいます。恵那を出る時のみきさんのあまりにあっけらかんとした「バイバーイ」は、思い出すたびなんとも心地がいい。
こんな風に徒然と書きたくなるような魅惑に溢れた場所、それが庭文庫なのだと思います。
庭文庫での巨きな絵の展示は、前回のしろくま座と同様、一部屋の天井に吊るして天井画のような形で展示を行いました。畳に寝転がりながらじっくり全体を眺めてくださるお客さんもいて、かつて2019年に大阪・gallery yolcha併設のギャラリーFLAT spaceで、和室に天井画のように巨きな絵を展示した時のことが思い出されました。
それ以外の作品たちは、店内の様々な場所に散りばめるようにして展示をしました。まるで本の森の中に溶け込むようにして切り絵の生きものたちが在る姿たちは、展示としては変わった風景ではありますが、自分はそれを見ることができてとても嬉しかったです。
今回はももせさんからのお誘いもあり、邑里さんも店内で写真の展示を行いました。前回のしろくま座でもポスターを一枚だけ展示していましたが、庭文庫では額装作品のほか、ポスター・ポストカードの販売も行いました。
本人にとっても本格的な展示の機会となったのはこれが初めてでしたが、たくさんの方にご覧いただき、反響も多くありました。
また今回、自分と邑里さんのお気に入りの本たちを一部販売するコーナーをご用意いただきました。
自分や庭文庫の店主ふたりが吉祥寺時代に足繁く通った喫茶・トムネコゴの店主の平良さんから、トムネコゴにしか置いていない平良さんの自著二冊を、この展示限定で初めて卸していただいたりしたことも、嬉しい出来事のひとつでした。
庭文庫での巡回展の催しとして、みんなで絵を描く"OUR songs"が7月30日と8月5日の二回にわたり、庭文庫の庭で行われました。恵那川を背にしながら、大人から子どもまで多くの方にご参加いただきました。
そして会期終盤の8月5日からは、ももせさんによる絵の展示がはじまりました。
ももせさんの当時の投稿曰く、「まったく予定にはなかったんですが、突然僕の絵の展示が、始まりました。熊谷隼人さんとyuri kusakabeさんの展示と共に暮らすなかで日々産まれた絵を展示しました、というか、することに絵に決められました。」
ももせさんは特定の誰かの作風を真似・模写したりすることなく、絵を描き続けていった結果、”自ずから生える絵”とでもいうべきような絵を生みだしていました。他ならぬ描くことで描くことが生まれていくこと。その生々しさが、ももせさんの絵には刻まれていました。
本当は会期中、自分も新しい絵を庭文庫に滞在しながらどんどん描くつもりでした。巡回展のために持ってきた作品たち(切り絵の生きものやコラージュ作品)とは異なる、即興的な、作品未然とでも呼ぶべきような絵たちを、絵のただなかをゆくままに描いてみたい、そう思っていました。
しかし諸事情で思いがけず滞在期間が短くなってしまったため、残念ながら滞在制作は(OUR songsをのぞいて)ほぼ全く実現しませんでした。このこともあって庭文庫での展示には心残りが強くあるのですが、自分ができなかった分をあたかも代わりに表象するかのように(本当は違うと思いますが)、ももせさんの展示がうまれ、それを観させてもらえたことはほんとうに有難く、おおきな贈りものをいただいたように感じています。
8月6日にはギャラリートークが行われ、ももせさんと二人で一時間ほどお話しました。ギャラリートークの題とした"根をもつことと翼をもつこと"という言葉は、自分にとってもももせさんにとってもかけがえのない本"気流の鳴る音"から引用したもので、ギャラリートーク中にうまくこの題をとおして話せたかというと自信はないのですが、ひとつ場を共有できたことがとてもありがたかったです。
巨きな絵も、それ以外に店内の様々な場所に散りばめて展示した作品たちも、いずれもずっと前からここにあったかのように佇んでいたのですが、それでいて最後に作品をすべて搬出し終えたときには、不思議とさみしさをまったく感じなかったことが、庭文庫らしいところなのかもしれない、と思いました。
展示を終えて庭文庫を後にするとき、ももせさんとみきさんが原田郁子の「銀河」をうたいながら、娘のむぎちゃんと共に見送ってくれた姿が、今でも記憶に残っています。