はじまりの灯
Ⅳ 宙に兆す ― 光から風へ

SING BIRD CONCERT FINALの余韻に浸りながらも浜松に戻ってくると、ずっと手を出せずにいた引越しの準備にようやく取りかかることになった。

本来であれば2月の個展「存在の祭りの中へ」を終えた時点で、絵描きとしての活動も区切りをつけて、春からは地元の新潟に引越して世界を旅する準備をはじめるつもりでいた。けれど実際にはこの間もさまざまなお声がけをいただき、浜松にいる時間を5月の終わりまで延ばして、絵描きとしての活動期間をほんの少し延長することになった。
その結果、4月から5月にかけて怒涛の勢いで展示を行うこととなった。

Panchavati 作品展
2019.04.17-04.26
cafe Panchavati(静岡)
洞窟とスピカ星
2019.05.03 - 05.19
ちせ(京都)
旅立ちのみどり
2019.05.11 - 05.19
ギャラリーあ(浜松)

そのなかでも一番最後の展示を飾ることになったのが、五月のおわりから六月半ばにかけて大阪で催した「宙に兆す」だった。gallery yolchaのオーナー・イルボンさんのお声がけで実現したこの個展は、巨きな絵を広げる最後の機会となった。

イルボンさんとのご縁は、2017年の夏にまで遡ることになる。当時まだ絵描きとして関西に縁などほぼ全くなかった頃、インターネットをとおして繋がった何人かの作家さんとお会いするために、ひとりふらりと来阪したことがあった。
そのときずっとお会いしたかった方のひとり、大阪在住で浜松出身の画家・久野安依子さんから、熊谷さんにぜひ、とご案内いただいたギャラリーが、イルボンさんの運営するgallery yochaだった。

有難いことに、その年の終わりにはyolchaで個展をさせていただくことになったものの、それ以降は関西とのご縁も少なく、すっかりご無沙汰してしまっていた。そして個展からほぼ一年後、巨きな絵の制作中にイルボンさんからふたたびお声がけをいただくことになり、そのとき今後世界を旅することについてお伝えすると、「ならその道標になるような展示をしてから出発しないかい?」と、巨きな絵の巡回展をご提案いただくことになったのだった。

2017年12月にgallery yolchaで行なった個展「かたちのみなもと」

その後巨きな絵の展示を終え、春に大分のカテリーナの森へ向かうときに、久しぶりにyolchaに立ち寄れたらと思い大阪を訪れた。そこでイルボンさんに大分へ行く目的についてお話すると、元々イルボンさんはカテリーナの森の未來さんや舞香さんと繋がりがあるばかりでなく、かつて2015年におふたりの演奏会も兼ねた古楽器の展示をyolchaで開催したことがあったという、衝撃の事実が発覚した。
その記念(?)にyolchaで取り扱っていたカテリーナの森の鳥笛(ラスト一個)を購入すると、「在庫の追加発注したいんで、会ったらお伝えしといて〜」と伝言を頼まれることになり、イルボンさんはうっかり、自分とカテリーナの森の仲介役となってしまったのだった。

そんな流れもあって、五月のSINGBIRD CONCERT FINALにも設営のお手伝いとしてご同行いただけることになり、大阪の絵本作家・もうりひとみさんも加わった三人での関西弁飛び交う道中は、大分にいるのか大阪にいるのかよくわからない感覚を味わいながら、楽しい旅の記憶となった。

イルボンさんと巨きな絵

巨きな絵はyolchaだとどうしても収まりきらないことから、隣にあるFLAT space(現chago。yolcha同様にイルボンさんが運営)で展示することがきまった。しかしFLAT spaceの最も広い畳の空間でもやはり面積が足りず、悩んだ末にイルボンさんの提案で、絵の一部を箱の上蓋のようなかたちで折り込んで天井に沿わせ、全体をタープ状に張って天井画にすることになった。
ふたたびもうりひとみさんも加わっての三人での設営は、カテリーナの森の時と同じく午後から夜になってもかかりきりだったけれど、最終的にこれが見事に空間にマッチし、ここに絵のプラネタリウムとでも呼ぶべき空間が現出することになった。

それは展示の一月ほど前、個展の題に「兆す」という言葉を入れたいと自分が話した時、それに応答するように「宙に」という言葉を提案してくれたイルボンさんによる、もはや呪術と言いたくなるほどのあざやかな詩的帰結だった。

さらにイルボンさんのはからいによって、会期中にはなんとカテリーナの森の未來さん・舞香さんをお招きしての演奏会「宙に謳う」も開催することとなった。巨きな絵の下でおこなわれた演奏は、SING BIRD CONCERT FINALでも演奏されていた浜松出身の管楽器奏者・金子鉄心さんの飛び入り参加もあり、再びあの豊かな音楽の時間を思い出させるとともに、これから先待ち受けている旅の佳き在りようを自分に予見させてくれるかのような、忘れられない時間となったのだった。

「宙に兆す」の最終日、もうまもなく展示が終わろうとしているところに、ひとりの大切な友人がそっと足を運んでくれた。
絵描きとして自分が展示をはじめた頃、お互いの絵をとおして知り会った彼女は、巨きな絵の源泉ともなった「虹の上をとぶ船」や見田宗介の本を知るきっかけを与えてくれた、何かこの世のつながりということを越えて通じるものを感じさせてくれる、とても不思議なひとだった。

かつて二人で一度描いたことのある絵は、黒板にチョークでほんの数十分にも満たない時間のなか描いた落書きのようなものだったけれど、そこにはけものが新たなるけものへと変容するかのような瞬間がきざまれていた。

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それは生から生へ、存在から存在へと「永遠に現在し続ける」たましいの様相のようなものかもしれないと、いまになって思う。

絵描きとして、ひたすら歩き続けた三年と三ヶ月。絵は、このおぼつかない生に幾つもの灯を点してくれた。
いまの自分にとって、それは重みある光というより、むしろかろやかな風のように感じられ、世界への旅情を駆り立ててくれている。

その風と共に歩み続けることが、自分の歩むべき道に他ならないのだということを信じてやまない。