はじまりの灯

大分・カテリーナ古楽器研究所にて 2019年05月

高さ364cm、長さ546cm。
紙を無数に貼り合わせ、凧糸で繋げることによって立ち上がるこの絵は、
2018年の秋から冬にかけて、熊谷隼人が文字どおり全身全霊をかけて取り組んだ大作でした。

宮沢賢治やネイティブ・アメリカン、中世の天地創造のタペストリーなどに霊感を受け、
無名の神話をかたどるようにして、絵の中に散りばめられた無数のモチーフたちは
木や鳥や獣、そして人にいたるまで、全てがひとつの円環をなすように
配置され、壮大なひとつの祝祭を表しています。

2019年2月に静岡・浜松市鴨江アートセンターで屋内展示された後、
偶然の重なりから、5月には大分・カテリーナ古楽器研究所の音楽祭にて屋外展示。
森のなかで光と風をまとい、絵自体も喜んでいるかのようなその姿は
作り手にとっても、きわめて忘れがたいものとなりました。

その後6月に大阪・gallery yolcha併設のFLAT spaceにて展示されたのを最後に、
現在は作家自身の手元で保管され、ふたたび目覚めの時を待っています。

制作中の風景 絵の素材となったネパールの手漉き紙 個展「存在の祭りのなかへ」(静岡・鴨江アートセンター 2019年2月) 巨きな絵の全体構成図 特別企画「この星で描く」(静岡・鴨江アートセンター 2019年3月) 森のなかの展示(大分・カテリーナ古楽器研究所 2019年5月) 個展「宙に兆す」で行われた演奏会(大阪・FLAT space 2019年5~6月)

成り立ち

制作中の風景

制作が行われたのは、熊谷隼人が二十代の多くを過ごした場所・浜松。学生時代からお世話になっていた場所・鴨江アートセンターで行われたアーティスト・イン・レジデンス(アーティスト支援事業)にて約3ヶ月半の期間をかけて、巨きな絵はゆっくりと形づくられていきました。

最初にネパールの手漉きの紙を大量に用意し、アクリルガッシュで1枚ずつ着色して200枚以上の色紙を制作。そこから絵の支持体であり背景となる大きな台紙を作って、然るべき場所に絵の元となる色紙たちを散りばめ、全体像を確認しながら徐々に個々のモチーフを形にしていきました。

絵の素材となったネパールの手漉き紙 あまりの画面の大きさに制作は難航をきわめ、時には20時間以上かけて制作した部分が台無しになったり、紛失した絵のパーツが自宅の布団の中から見つかったり、絵のサインを血で描くことになったりと、実にさまざまな出来事が起こりました。

絵の展示をむかえた2019年2月時点では、想定していた描写のすべてを終えることは出来ておらず、その後も展示が行われるたびに加筆しながら、絵は徐々にその密度を高めていくこととなりました。

題名について

「はじまりの灯」という題は、かつて絵を観てくれたひとりの友人が「君の絵は漆黒を照らす灯火のようだ」と伝えてくれたことがきっかけとなっています。描くことの彼方に希求するのは、この世の一隅を光で充すようなことなのかもしれません。

巨きな絵を描くとき、「二度と絵を描きたくない」と思うところまで自分を追いつめてみたい、と思っていました。けれど描き終えてから気がついたのは、なおも変わらない描くことの衝動であり、生きている限り描くことの終わりは、決して訪れないことを悟りました。

心身ともに捧げた巨きな絵は、それまでのすべての走馬灯のようでありながら、これからにとっては未だはじまりにすぎないものだったと、いずれ振り返られるものとなるであろうことを予見して、「はじまりの灯」という名はあたえられることとなりました。

絵の構成

個展「存在の祭りのなかへ」(静岡・鴨江アートセンター 2019年2月) 巨きな絵の全体構成図

絵は大きく分けて四つの部分からなり、春夏秋冬それぞれに人・獣・鳥・蛇が対応して表された「四つの神話的場面」、それを縁取るようにして十二星座と茶色のちぎり絵などが配置された「三十二枚の図像」、さらにそれらを見守るように絵の両端に配置されたつがいのモチーフ「ふたごの根」、そして絵の中心に刻まれた絵描き自身のサイン「中心の手」によって構成されています。

全体をとおして形成されるのは「転回と転生の物語」であり、そこには2015年頃からの絵描き自身にまつわる個人的な体験や出来事が、色濃く反映されています。たとえば森で鹿のような形をした木を偶然見かけたことや、公園の落ち葉を拾って遊んでいるうちに鳥のコラージュが生まれたことなど、それらの多くは自らの絵の変容をもたらす、大切な出会いでもありました。

巨きな絵の中に隠された動線を読み取ることで、あたかも絵解きをするようにして、その中に内在された自らの体験や物語を、絵描きはいつでも呼び出すことができるようになっています。

これまでの展示

特別企画「この星で描く」(静岡・鴨江アートセンター 2019年3月)

巨きな絵の最初の展示は2019年2月に行われ、静岡・鴨江アートセンターの最上階にある広い部屋にて、天井から吊るされて展示されました。また展示のクロージングイベントとして「この星で描く」という特別企画も行われ、会場全体を一つの祭りの場に見立てて、絵描きや詩人やピアニストを招き、参加者たちと共に一枚の絵を即興制作しました。

森のなかの展示風景(大分・カテリーナ古楽器研究所 2019年5月) その後ほどなくして訪れた、大分にあるカテリーナ古楽器研究所にて縁をいただき、今度は森の中での展示が実現します。偶然にもその機会は、毎年母の日に現地にて開催される音楽祭"SING BIRD CONCERT"の最終回であり、それまで熊谷隼人が一方的に憧れと敬意を抱いていた様々な作家たちが、一堂に会する場でもありました。

個展「宙に兆す」で行われた演奏会(大阪・FLAT space 2019年5~6月) その後6月に大阪・gallery yolcha併設のFLAT spaceにて行われた個展「宙に兆す」にて、今度はふたたび屋内で展示されました。この時は部屋の高さが足りなかったものの、オーナーの機転で絵の一部を折り込んで、天井画のように絵を吊ることに。鑑賞者が床に寝転んでプラネタリウムのようにして絵を眺める、異色の展示となりました。

三ヶ所での展示を終えたあと、巨きな絵は絵描きの地元である新潟の実家に、現在に至るまで保管されています。

旅ノート

巨きな絵にまつわる記録たち

はじまりの灯
制作記と旅の記憶

この星で描く
巨きな絵の前で行った、一日の即興制作

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