Something to remember you by
 

Something to remember you by あなたを憶えている誰か

はじめに
 01 | 木々を巡る旅
 02 | 描くことは無類の光
 03 | 捨てられない絵葉書
 04 | 吊るされた家
 05 | やさしい夜のために
 06 | 人は矛盾を愛せない
 07 | 死なないものは生きていない
 08 | 風景
 09 | 存在の祭りのなかへ
 みとさんの紹介文
 おわりに
something to remember you by
05 | やさしい夜のために

今回はひと息つくつもりで、コーヒーでも啜りながら
肩の力を抜いて書いてみようと思います。

これから先、書こうと思っている幾つかのことは
自分にとって向き合うのがとても難しい問題であり、
内容的にもたぶん重たくなってくるからです。

なのでその前に今回は、少しゆったりとした気持ちで書かせてもらえませんか、という提案です。

 

コーヒーを啜っていると、大学時代にお世話になったある先生のことを思い出します。

先生の研究室で夜遅くまで二人でずっと話し込んでいたとき、
「まずいコーヒーでも飲もうぜ」と先生が言って、二人分のインスタントコーヒーを
コポコポと淹れてくれたのを思い出します。

確かにコーヒーはまずかったのだけど、その時間はとてもおいしかったなぁ、と。

 

師について、話をします。

美大を受験するうえで、デッサンの手ほどきを受けた画塾の先生は恩師のひとりです。
だけどいま描いている絵は、第2回でも書いたようにアカデミックな手法とは
かなり別なところからはじまったように思います。
写真を撮ることも大学生の頃に独学ではじめて、そのままぼんやりと撮り続けて現在に至ります。

絵と写真について、おそらく最も身近な存在で教えてくれるはずだった人は
僕が子どもの頃に亡くなりました。
その人とどこか似たような雰囲気を不思議と感じたのが、
先ほどのまずいコーヒーを淹れてくれた、大学の先生でした。

先生は50歳を過ぎてもなお情熱と生命力に溢れていて、
若い頃に鉄人とあだ名された(本人談)その二の腕はたくましく、
濃い顔と大きな笑い声が特徴的なひとでした。
漢っぽい先生と自分が、一体どうしてこんなふうに
親しくなれたのかと考えると、ちょっと笑えます。

先生もまた深く人生に悩んだ人間のひとりで、一時期は本気で画家を目指していたこと、
巨大なクレーターを見るために、アメリカの広大な砂漠の一本道をバイクで半日駆け抜けたこと
(どれだけ走っても周りの風景が全然変わらないんだよ!と笑いながら話してくれた)、
友人に頼まれて働いていたバーのこと(友人はバーを放り出してどこかへ逃げたらしい)、
銀行口座に7円しか残高がなかった頃のこと、など
時々本当に大学の先生なのか疑うほど、面白い話を次々としてくれました。

自分の信念をつらぬく姿勢に余念がなくて、
コンセプトを打ち立ててものづくりをするということに、何より強い意志を持っていました。
納得させることと説得させること、その両方が大切なんだということや、
三十歳までに自分の感受性をなるべく広げておくんだぞ、という先生の言葉は
今でも時々ふと思い出します。

先生と最後にふたりで会ったのは、卒業制作が終わったあとに
ファミレスで一緒にコーヒーを啜った時でした。
最後のほうになって、先生はかつて若い頃に失った恋人についての話をしました。
自殺だった、と。
この大学に来てからほとんどそれを誰かに話したことがない、とも。
(どうして自分にそれを話してくれたんだろう)
その話を聞いた後に流れた、あの余韻のようなものに
先生の人生の一端を感じ、僕はずっとそれを忘れられずにいます。

誰もが独りであることからは、決して逃れられないのかもしれない、と。

 

お気に入りの喫茶店について、話をします。

吉祥寺にある「トムネコゴ」という場所が、僕はとても好きです。
アパートの一室にしつらえられた店内は席数も少なく、三人以上の来店はお断り。
ネットでの情報発信も最近まで全く行っていなかったそうで、
周辺の幾つかのお店に、小さな案内の紙を置いてあっただけ。
だけど一人で読書をするなら、ここは最高の場所だと思います。

社会人の頃、冬のはじめに偶然この場所を見つけて
それ以来、ほとんど毎週のように通っていました。
喫茶巡りで有名な川口葉子さんが、とある文章のなかで
「教会のような存在の喫茶店」と書かれていて、
本当にその通りだなあ、と思います。

店内には古びたレコードが置いてあって、その日その時によって異なるジャズやクラシックが流れています。
本棚には店主によって選ばれた国内外の小説、音楽と映画にまつわる書籍、昔の暮しの手帖、など。
夕日が沈んで窓が深い青に染まる時間の、ほのかに照明が灯る店内の色彩が、僕はとても好きです。

店主は猫のようにどこか飄々としたやや長身のおじさんで、
お店に行くと深々とおじぎをして、店内へと招いてくれます。
(最近は顔を見せるたび、フフフと笑ってくれます)
会計のときによく小話をしてくれて、
奇跡をむやみに望まず、日々出来ることを粛々とこなす生き方のことや、
「道」というイタリア映画に出てくるジェルソミーナのこと、
男が成長するのに必要な三大要素のこと、など
それらは今でも生き方のちいさな指針となって、僕をそっと照らしてくれます。

ほんとうによい場所というのは、
訪れてからここに来れてよかった、と思うのではなく
そこを訪れる前から、「ここに来ることは良いことなのだ」と
思えるような場所なのかもしれない。
トムネコゴを訪れるたび、そんなことを思います。

 

音楽について、話をします。

正直、誰かに音楽をすすめることはあまり得意ではありません。
自分の音楽の好み自体、かなり偏りがあると感じているし、
音楽の嗜好には、そのひとの人生観が非常に深いところで
反映されるように思うからです。

だけどただひとつ、これはほんとうにいいですよ、と
誰にでも言いたくなってしまう音楽があります。
ジャズに明るいひとからすれば、あまりにも有名なので
なんだ、と思われるかもしれませんが。

 

それはキース・ジャレットの「The Melody At Night, With You」です。

「いつ、どんな夜に聴いても、必ず寄り添ってくれる音楽」だと思っています。

この音楽のように、世界の一隅を充たす光のようなものを
死ぬまでに残せたら、と思います。

もし自分が今死んでしまったとしたら、葬式の時には
この音楽をかけてくれたらうれしいなあと思います。

 

幸せな葬式、ということについて時々考えます。

それは単に「悲しくない」ということではありません。
涙を流すひとも、別れを惜しむひとだっていていいのだと思います。
何かあたたかな余韻を残すようなものかもしれないと、いまはそう考えています。
もしかしたらそれは公のものではなく、ごくささやかな人々のなかで行われる
ちいさな催しのようなものかもしれません。

村上春樹の「ノルウェイの森」のなかで、レイコさんという女性が
「これから二人で葬式をするのよ。淋しくないやつを」
と言って、故人の好きだった音楽を夜にひとしきりギターで弾く場面があります。
主人公の青年は一曲弾き終わるごとに、マッチ棒を一本ずつそばに並べていきます。
僕はそれをいいなあ、と思います。

そういえば今年の5月に個展をしたとき、「個展ってお葬式みたいだね」と
誰かがぽつりとつぶやいていたのがとても印象に残っています。
確かに、と思いました。今までに自分が関わってきた人たちが一堂に会する場でもあるし、
展示というのは何かがはじまり、同時におわりを迎える場所でもあるのだから。

 

過去と未来が逡巡し、永遠と一瞬が「いま、ここ」で凝縮されるとき
奥深くから揺さぶられて、泣きたくなるような何かを感じることがあります。
そのような感覚のことを、自分は「去来感」というふうに呼んでいます。

絵を描いていても、写真を撮っていても、このようにして文章を書いている時でも
生きていくなかで求めてやまない切実な何かがあるとしたら、
多分そういうものなのかもしれない、と思います。

 

最後に、双子について話をします。

兄と自分は1分違いで生まれた双子です。
顔も性格もぜんぜん似ていなくて、中学、高校と年齢が上がるにつれて
違いはますます大きくなっていきました。
一緒に並んでも、まず誰にも双子とは気づかれないと思います。

今ではほとんど連絡をとることもしないし、こんな風に書いたら兄はきっと眉をひそめるかもしれないけれど
自分にとって幸福の原点のようなものがあるとしたら、それは子どもの頃にふたりで過ごした時間であり、
毎晩のように架空の物語をつくってひそひそと話しあった、あの時間かもしれないと思います。

物語を始めるときは、必ずどちらかが「わーい」と言います。
もう一人が「わーい」と返すと、あとはどちらかが眠くなるまでひたすらお話を続けます。
登場するのは当時遊んでいたゲームのキャラクターが大半で、それは10歳になっても続けていて
最終的に兄が恥ずかしがり、小学5年生ぐらいの頃に「もうやめよう」と言われ、それで終わったように憶えています。

その記憶があってか、静かな喫茶店で、あるいは布団にもぐりながら
誰かとふたりで声をひそめて話をするような時、僕はよく幸福な気持ちにつつまれます。

すべての人には侵されることのない領域が必ずあるのだと思います。
恋人でも家族でも、誰にでも。
だけど時々ふと思うのです。
自分は双子なのだということを。
ひとりだけど、決してひとりではないのだということを。

うまく言えないのですが、その事実は自分にとって
心のどこかで大きな支えになっているような気がするのです。

 

今回はこのあたりで筆を置くことにします。
来週からもまたご覧いただけると嬉しいです。